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福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)156号 判決

原告 横山恒登

右訴訟代理人弁護士 上田国広

被告 株式会社福岡相互銀行

右代表者代表取締役 四島司

右訴訟代理人弁護士 徳永弘志

右訴訟復代理人弁護士 二見敏夫

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 昭和四九年二月二八日なされた被告と筑後信用組合(以下「訴外組合」という。)との合併(以下「本件合併」という。)を無効とする。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和四九年二月二八日当時、訴外組合の組合員であった。

2. 被告相互銀行は、昭和四九年二月二八日、訴外組合と合併した。

右合併に至るまでの経緯は、次のとおりである。

(一)  訴外組合の理事会は、昭和四八年八月四日、被告相互銀行との合併手続を進める旨の決議(以下「本件理事会決議」という。)をした。

(二)  訴外組合と被告相互銀行とは、同月二八日、合併契約(以下「本件合併契約」という。)を締結した。

(三)  訴外組合は、同年一一月一日付で、本件合併契約書の承認を議案とする訴外組合臨時総会(以下「本件総会」という。)を、招集期日同月二七日、招集場所筑後市大字山ノ井所在筑後市民会館として招集した。

(四)  訴外組合の理事長赤塚正臣(以下「赤塚」という。)は、同月二二日付で、全組合員に対して、本件総会を中止する旨記載した「臨時総会中止通知書」(以下「本件中止通知書」という。)を送付した。本件中止通知書は、右理事長名義で作成されたものであり、訴外組合が平素業務上使用していた同組合名の印刷された封筒に入れられていた。

(五)  同組合代表理事緒方貞次(以下「緒方」という。)らは、同月二五日付で、組合員に対し、本件総会は予定どおり開催すること、本件中止通知書は理事会決定を経ていないことを通知した。

(六)  本件総会は、同月二七日、その招集場所が突然変更され、筑後市大字山ノ井所在角忠助広場において開催され、議決権の一部があらかじめ組合員から提出されていた書面決議書によって行使されて、本件合併契約書を承認する旨の決議(以下「本件総会決議」という。)がなされた。

3. 本件合併は、次の理由により無効である。

(一)  (本件理事会決議の無効)

本件理事会決議は、訴外組合理事らの次のような違法な目的を達するための手段としてなされたものである。

赤塚及び緒方は、本件合併により組合員に被告相互銀行の株式が割り当てられると出資額の約六倍の利益が生ずるため、それぞれ五〇万円の追加出資をして、私利を図ろうとした。しかるに、このことが外部に知られるや、被告相互銀行の常務取締役速水正朝、久留米支店長吉行聡彦及び本店公務部主任調査役荻原巨也は、赤塚及び緒方に対し、右利益相当額を合併後被告相互銀行から支払う旨約し、これを条件に前記追加出資を取り消させた。さらに、赤塚は角外士外七名の名義で五五〇万円、緒方は村上脾外五名の名義で一〇〇万円を出資して私利を図ろうとした。

右のような理事らの違法な目的のための手段としてなされた本件理事会決議は無効であり、これに基づいてなされた本件合併契約は無効である。従って、本件合併は無効である。

(二)  (本件総会決議の違法)

(1) (書面決議書の無効)

本件総会において議決権の行使として扱われた合併契約書承認に賛成する旨の書面決議書は、次の理由により、議決権行使としての効力を有しない。

ア、訴外組合と被告相互銀行は、本件総会に先立って、同組合理事らに組合員宅を訪問させ、出資証券の価値が七倍になるとか金杯を贈るとか説いて、合併内容についての説明をしないまま、書面決議書を回収した。このような詐欺的方法によって集められた書面決議書は、議決権行使としての効力を有しない。

イ、書面決議書の大部分は、理事らの本件合併にからむ前記不正問題が発覚する以前に集められたものであり、その後、多数の組合員が返還を求めたにもかかわらず、不当に拒否されたものであるから、組合員の意思を反映したものでなく、議決権行使としての効力を有しない。

(2) (総会招集手続の違法)

本件中止通知書は、外観上これを受領した組合員が本件総会は中止されたものと信じても無理もないものであったから、たとい赤塚が理事会決議に基づかないで発したものであっても、本件総会招集の撤回通知として有効であったというべきである。

また、緒方らによる同月二五日付通知が全組合員に対してなされたものであるか不明である。これを受領した組合員としても、これら二つの通知のいずれが真実であるかをつかみかねていた。このように混乱した招集手続は、違法というべきである。

(3) (招集場所変更の違法)

本件総会の招集場所は、総会当日突然に変更されたものである。このような招集場所の変更は違法である。

(4) (総会としての実質を欠くことによる違法)

本件総会の開催された場所は、国道に至近で騒音が激しく、設置された拡声器の性能が悪く、出席者の大多数に議案の説明、質議が聞き取れない状況にあった。しかも、審議が極めて短時間でなされたため、本件総会決議は、審議内容が議決権者に不明のままなされたものであるから、違法である。

(5) (決議方法の違法)

本件決議にあたって、定足数、議決権数の確定が正確になされなかったし、採決に際し、議長は、反対の議決権数のみを確認しただけで、賛成の議決権数を確認しなかった。このような決議方法は違法である。

4. よって、原告は、本件合併を無効とする旨の判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の(一)ないし(三)、(五)、(六)の事実は認める。(四)のうち、本件中止通知書が全組合員に対して送付されたことは争い、その余の事実は認める。

3. 同3の事実及び主張は全て争う。

三、被告の主張

1. 仮に理事が請求原因3(一)のような動機、目的をもっていたとしても、本件合併の効力に消長を及ぼすものではない。

(一)  本件理事会決議が違法な動機、目的によってなされたとしても、右決議の内容自体には何ら法令又は定款違反がないから、右決議は有効である。

(二)  仮に原告の右主張のとおり本件理事会決議が無効であるとしても、その後、訴外組合理事会は、昭和四八年一〇月二四日本件総会の議案として被告相互銀行との合併契約書の承認の件を提出することを可決し、さらに本件総会においてこれを可決した。これによって、本件理事会決議の瑕疵は補完されたものというべきである。

2. 本件総会決議には何ら瑕疵はない。

(一)  書面決議書については、一部組合員がその返還を求めたが、返還請求書の印影が書面決議書の印影と符合したものは全て返還した。従って、本件総会決議における議決権行使として扱った書面決議書は全て有効である。

(二)  本件総会の招集手続には何ら違法はない。

本件中止通知書は、赤塚が理事会決議に基づかないで発したものであった。しかも、このことは、訴外組合が全組合員に対し同年一一月二四日及び翌二五日ころ本件総会を予定どおり開催する旨通知及び同旨の電報で知らせた際、同時に知らせてあった。従って、本件中止通知書は、本件総会招集の撤回通知としての効力を有しない。

(三)  本件総会招集場所の変更には何ら違法はない。

本件総会招集場所を変更するには、次のような経緯があった。

当初本件総会の会場として予定されていた前記筑後市民会館については、あらかじめ予約してあったにもかかわらず、赤塚が理事会の決議を経ず独断で本件総会直前にこれを取り消し、その直後に何者かによって使用申込みがなされていた。右事実を訴外組合の理事が知ったのは、本件総会の前日であった。そのため、同組合は、急遽右市民会館から僅か五〇メートルの距離にある前記角忠助広場を借用するとともに、本件総会当日の朝、右市民会館前に会場を変更した旨の掲示を出し、職員を配置して参集してきた組合員を右角忠助広場まで案内させた。

従って、本件総会招集場所の変更には正当な理由があり、かつ変更について相当な周知方法を講じており、しかも新会場が旧会場から至近の距離にあったのであるから、何ら違法の廉はない。

(四)  本件総会における決議方法には何ら違法はない。

本件総会の会場の出入口には訴外組合職員による受付が設置され、右受付において組合員本人の出席二九九名、委任状による出席一三六名、書面決議書による出席七三〇名を確認し、合計一一六五名の出席が確定された。

また、本件総会における採決方法としては、議案に反対の者を起立させる方法を採用したが、修正案その他の動議は提出されていなかったのであるから、右の採決方法に何ら瑕疵はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実については当事者間に争いがない。

二、請求原因2の(一)ないし(三)、(五)、(六)の各事実及び同(四)のうち本件中止通知書の送付を受けたのが組合員の全員であったとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

原告が本件合併の無効原因として主張する点の判断に先立ち、そのために必要と考えられる訴外組合の本件合併に対する対応について、本件総会の直前までの経過を概観しておくこととする。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1. 訴外組合を消滅金融機関とし、被告相互銀行を存続金融機関とする両者の合併は、事前の打合せを経たあと、訴外組合理事会で昭和四八年八月四日正式に提案がなされ、同日信用組合以外の金融機関とのいわゆる異種の金融機関相互間の合併を推進する旨の方針が決定され、翌五日、監事をも含めた訴外組合の役員で構成される役員会において、被告相互銀行を相手方とする合併の方針が採択されたことに始まった。訴外組合は、同月六日ころ、被告相互銀行に対して、正式に合併を申し入れるとともに、所管行政庁である福岡県知事に対して、これを報告した。その後、本件合併の準備が進められていることが訴外組合の職員らに知れ、合併案が正式に具体化する以前になされた訴外組合の増資に際して、赤塚、緒方らが増口をしていたこともあって、訴外組合は、対職員の対策の必要を生じ、同月六日、同月八日、同月一〇日と役員会でこれを協議した。訴外組合は、同月二一日、被告相互銀行との間で、基本的に合意した旨の合併に関する覚書を取り交し、同月二三日の役員会で、赤塚から被告相互銀行との合併交渉についての説明を受けて、役員らがこれを承認した。組合員に対する関係では、同月二四日から同月二六日の三日間にわたり、地域毎に選出されている総代に対して、五組に分けて説明会を開き、八割近い総代の出席のもとに、本件合併についての説明及び質疑応答を実施した。この説明会においては、不安を表明する質問等もあったが、説明の結果殆んど全員の納得が得られた。また、同月中に、組合員に対して、被告相互銀行との合併計画を説明し、組合員の協力を求める書面を配布した。同組合の制度上、総代は総代選挙規約の定めるところにより、組合員から公平に選挙されるものとされており、実際の運用上、総代は一定の組合員を担当して、訴外組合からの組合員に対する諸般の連絡伝達を行っていた。

2. 一方、訴外組合は、同月二七日の、理事会において、本件合併契約を可決承認する旨の決議をしたことに基づいて、翌二八日、被告相互銀行との間で本件合併契約を締結し、合併契約書を取り交した。翌二九日、訴外組合の出資について「新たな出資並びに持分の譲渡」の停止公告をした。

3. その後、同年一〇月二四日、理事会を開き、理事全員出席のうえ、本件合併契約書の承認とこれに伴う役員に対する退職慰労金贈呈の各案件を議案として、同年一一月二七日午前一〇時、筑後市大字山ノ井筑後市民会館において臨時総会を招集することを全員一致で決議し、さらに、同年一〇月三〇日の理事会で招集当日は組合の業務を臨時休業する旨決議した。これにより、赤塚は、全組合員に対して、同年一一月一日付で、合併契約書の写し等を添え、合併の趣旨の説明と訴外組合及び被告相互銀行の貸借対照表及び損益計算書を参考書類として添付した本件総会の開催通知を発した。その際、議案についての賛否をあらかじめ記載できる書面決議書と委任状の用紙を同封した。

4. その後、右書面決議書は、総代がとりまとめ、あるいは、理事、職員らが組合員方を訪れて回収した。ところが、同月一三日の新聞紙上に、合併前に増資して訴外組合役員が利鞘かせぎをしているとして一組合員が仮処分申請をした旨の記事が掲載された。この間、訴外組合は、逐次役員会で対策を協議し、同月一六日付で訴外組合理事長赤塚外役職員一同名義をもって、組合員に対し、組合及びその役員に不正がある如き新聞記事は事実を曲げたものであり、組合としては合併を推進する決意であるから組合員の協力を求める旨のビラを配布した。しかるに、赤塚は、本件合併に逡巡し、同月二〇日ころから行方をくらまし、訴外組合の理事会決議を経ることなく、理事長名義で組合員に対し、同月二二日付で、新聞報道の点については不正はなかったが、反対者もいるので再検討するために本件総会を延期することにした旨の書面と本件中止通知書(「昭和四八年一一月二七日午前一〇時より筑後市民会館において開催予定の臨時総会はこれを中止いたします。よって書面議決書はこれを無効と致しますので御了承下さい。」と記載してあった。)を送付した。これを知った訴外組合の代表理事である専務理事緒方のほか、赤塚を除くその余の理事らは、急遽、総代及び組合員に宛て、同月二四日付で、本件中止通知書は反対派の策動であって訴外組合としての通知ではないこと、本件総会は予定どおり開催することを記載した書面を配布し、翌二五日付で本件中止通知書は理事会の決定に基づくものではない旨をも記載した同旨の書面を配布し、さらに同月二六日、同旨の電報を組合員に対して発信した。同日、訴外組合理事会は、赤塚に対して、理事長としての職を解任した。

三、そこで、右に認定した経緯に基づいて、原告が主張する本件合併の無効原因について検討する。

1. (請求原因3(一)の主張について)

原告の主張は、単に本件理事会決議をなすについての動機、目的に公序良俗違反の不法があったというにとどまり、決議内容それ自体にその不法があったのではないから、右決議を無効たらしめるものではないと解すべきである(最高裁判所昭和三一年(オ)第一三〇号事件昭和三五年一月一二日第三小法廷判決・裁判集民事第三九号一頁参照)から、原告の主張は失当である。

2. (請求原因3(二)(1)の主張について)

(一)  (同アの主張について)

(1)  書面決議書の回収方法は、前記認定のとおり、昭和四八年一一月一日付の招集通知に同封された書面決議書の用紙に組合員が賛否の意思を記入し、これを総代がとりまとめ、あるいは理事、職員らが組合員方を訪れて回収したものであるが、これに先立ち、訴外組合としては、同年八月二四日から同月二六日の三日間にわたり総代に対する説明会を実施したほか、同月中に、組合員に対し、本件合併についての説明を記載した書面を配布し、さらに、右招集通知に際しても、参考書類として合併の趣旨を説明した書面を添付したのであるから、合併内容の説明をしなかったとの原告の主張は理由がない。

(2)  また、出資証券の価値が七倍になるとの点については、〈証拠〉によれば、同年八月二七日の理事会において承認可決された本件合併契約書の第三条で訴外組合の出資一口一〇〇〇円につき存続会社である被告相互銀行の二〇株の株式(額面五〇円)を割り当てる旨定めてあり、被告相互銀行の株式は当時福岡株式市場においておよそ三四五円の時価を有していたものであることが認められるから、これを基に計算すれば真実本件合併によって出資証券の価値が約七倍になると見込まれたといえるし、そもそも合併比率は、合併契約の主要な内容のひとつであって、これを説明することも何ら非とされるにあたらない。

(3)  次に、金杯との関係について、前記各証言及び原告本人尋問の結果によれば、金杯は、全組合員の数だけ注文作成され、一五億円の預金量達成の記念品として各組合員に配布されたものであること、右預金量を一時的にせよ達成した背景には、被告相互銀行による相当額の預金預入という操作が行われたことが認められる。もとより、金融機関の経営として、預金量増加のために、一定額の預金量達成名下に物品を関係者に配布する如きは好ましくないことであり、また預金量を一時的にもせよ多額に装うために協力関係にある金融機関相互間で月末、期末に操作を行う風潮が好ましいものでないこともいうまでもないが、本件においては、右金杯が組合員の合併に対する意見を賛成に傾かせるための手段として配布されたものであると認めるに足る的確な証拠はなく、また、これを配布したことによって組合員が書面による議決権行使をする際の意思に何らかの瑕疵を生じたと認めうべき証拠もない。さらに、右回収方法が違法不当であって、その議決権行使が違法であったことを窺わせる証拠もない。証人赤塚正臣の証言及び原告本人尋問の結果中には、理事らが合併契約の内容についての説明をせず、金杯を配布することによって利益誘導した如き部分があるが、いずれも伝聞と臆測、想像に基づくものであると認められるので、採用の限りでない。

(4)  従って、右決議書に現われた本件合併決議に対する当該組合員の意思及びこれによる議決権行使に原告主張のような瑕疵があったものとは考えられない。

(二)  (同イの主張について)

前記認定の経過に、〈証拠〉を総合すると、本件中止通知書の配布と相前後して、各組合員に対して、総代から訴外組合宛ての「臨時総会の書面決議書を組合員に返却したいので、返却して下さい。」との申出を記載し、総代名とその指定する組合員名等を記入できる様式を印刷した書面が配布されたこと、本件中止通知書配布後、総代らから訴外組合に対して事情の照会や書面決議書の返還の要求があったこと、これに対し訴外組合理事らは、できるだけ書面決議書は返還しないよう来訪者を説得するという方針で対処することにしたこと、前記の返却要求を記載した書面を提出してあくまで書面決議書の返還を求めた総代は、緒方宗平、矢加部湊及び横溝利明の三名であったこと、これらの総代が返還すべく指定した組合員に対しては書面決議書を返還したことが認められる。証人赤塚正臣の証言及び原告本人尋問の結果中には、組合員が委任状や書面決議書の返還を求めて訴外組合事務所に押しかけたが、理事や被告相互銀行の担当者が応待して、右要求を拒否したかの如き部分があるが、赤塚は前記認定のとおり、この当時姿をくらまして組合事務の執行には当っていなかったのであり、前顕各証拠に照らすと、右各供述部分はいずれも伝聞あるいは推測に基づく事柄を誇張して表現しているものと見受けられるので、採用の限りでない。また、証人水町一夫の証言によれば、訴外組合の溝口地区の総代のひとりである同人は、書面決議書の返還を求めて同組合事務所に出向いたが、それは、本件中止通知書が組合員宛に送られてきたため、本件合併をめぐって同組合の理事らの内部で感情の対立あるいは利権問題がからんでいたのではないかと考え、その点の事情の説明を求めるとともに、疑問点が明らかになるまで、一旦書面決議書を返還するように主張しようとしたものであって、同人が担当していた各組合員からの要求を受けたり、あるいはその意向に従って行動したりしたものではなく、専ら同人自身の判断に基づくものであったこと、しかし、理事らとの応接の結果、理事らがその問題を解決するという返答を得て、説得に応じ、結局書面決議書の返還を受けなかったことが認められる。書面決議書の返還を求めた他の総代らについては、どのような経緯から右要求をなすに至ったかの詳細は本件では明らかでないが、以上の認定事実に基づいて考えると、たとえ総代が組合員の委任を受けて既に提出した書面決議書の返還を求めてきたとしても、訴外組合としては、右返還要求が各組合員の真意に基づくものであることの確認ないし証明がとれない限り、これに応ずべき理由はなく、またさらに、既に回収してあった書面決議書を一律に各組合員に対して返還しなければならない特段の事情は、本件全証拠によってもこれを窺うことができない。

従って、この点の原告の主張は失当である。

3. (請求原因3(二)(2)の主張について)

(一)  先づ、事実関係をみると、本件中止通知書について、証人赤塚正臣は、これを何人かの者らと協力して郵便で組合員全員に対して発送したものである旨供述するが、前顕各証拠によれば、同人は、本件中止通知書を発送した当時、既に訴外組合の他の理事らと意見を異にし姿をかくしていたのであって、同人が理事会の決議を経ることなく恣にこれを発送したものであることが認められるから、この事実から考えると、同人が果して正規の組合員名簿に基づいて発送手続をとったかどうかは極めて疑問であり、従って、本件中止通知書が全ての組合員に対して到達したものと認めることは困難である。なお、原告本人も、全組合員に発送した如くに供述するが、当該供述部分は伝聞ないし推測によると考えられ、採用することができない。

これに対し、訴外組合の専務理事緒方らが同年一一月二四日付及び同月二五日付で本件総会を予定通り開催する旨の通知を発したことについては、証人吉田友勝、同緒方貞次の各証言によれば、緒方らは、各地区の総代に対して、それぞれその担当の組合員へ配布するよう依頼したことが認められ、さらに〈証拠〉によれば、同月二六日当時の訴外組合の組合員数は多くとも一五九四名であったこと、同日発せられた前記通知と同旨の電報の数は一四一一通であったことが認められる。一般に、中小企業等協同組合の組合員の中には、理事等組合執行部に属する者や特にこれに親しい者があると考えられるし、同一世帯に属する者(これらの例は訴外組合においても存在したことが前顕各証拠から明らかである。)、法人とその代表者、あるいは複数の法人を代表する者等があることが通常考えられるところであるから、このような前提で、前記組合員数と電報数とを対比すれば、証人緒方貞次が全組合員に対して電報を打ったと供述する点は、あながち誇張したものということはできず、むしろそのまま信用することができるものというべきである。そして、前記認定の事実経過から考えると、右の各通知及び電報は、訴外組合の事務レベルで組織的に行われたものと推認しうるから、結局、本件中止通知書を受け取った組合員のうち殆んどの者は、その翌々日ころには訴外組合専務理事らの発した右通知を受け、遅くとも同月二六日までには、全ての者が本件総会が予定どおり開催されることを知ったものと認めることができる。

(二)  そこで、右の本件中止通知書が、本件総会の招集手続にどのような影響を与えたかを考えるに、本件中止通知書は、その記載をそのまま見る限り、その趣旨から本件総会の招集の撤回を意味するものと解されるところ、元来、招集の撤回は、理事会の決議に基づき代表理事から各組合員に対して招集を撤回する旨通知することを要する(中小企業等協同組合法〈以下「協組法」という。〉第五四条、商法第二三一条)のであるから、代表理事といえども、一旦適法に招集された総会について、理事会の決議を経ることなく招集撤回通知をしても、本来その招集撤回は違法であるといわなければならないが、このような招集撤回の通知であっても、これを受領した組合員の立場から考えると、右招集撤回が理事会の決議を経由したものであるかどうかを容易に判別しえず、その結果、総会における議決権行使等に支障を来たすことも考えられるから、そのような組合員の権利についても充分配慮したうえで総会招集手続の適法性を考察するのが相当である。

ところで、この点の考察に先立ち、協組法に基づく協同組合の他の社団とりわけ株式会社に対する特殊性について検討する。協組法が、同法に基づく中小企業等協同組合(以下「協同組合」という。)における意思決定のあり方、なかんずく総会に関する手続に関して一部株式会社における株主総会に関する商法の規定を準用しながらも、一部はこれと異なる規制をしていることの法意について考えるに、そもそも同法にいう協同組合は、中小規模の事業を行う者等が相互扶助の精神に基づき協同して事業を行うための組織であり(同法第一条)、その組合員たる資格は、定款による制限を別としても、一定の地区内において主として小規模の事業を行う事業者でなければならない(同法第八条)という制限の下におかれている。従って、相互扶助を目的として事業を営むという協同組合制度の根本から、その構成員たる組合員は、相互に密接な関係を有することが予定されているばかりでなく、右の法条による資格制限のため、その事業を営んでいる場所が一定の地区内に限られているので、協同組合という社団の構成員として、協同組合としての意思決定、活動のあり方などについて平素から相互の間で協議し話し合ってゆくことが期待しうるところである。しかも、組合員の総数が二〇〇名を越える多数となった場合には、企業組合を除いて総代会の制度を設けることができるが(同法第五五条第一項)、この場合においても、総代は、組合員のうちから、その住所、事業の種類に応じて公平に選挙されなければならないものとされ(同条第二項)、その定足数についても、その選挙の時における組合員の総数の一〇分の一を原則として下ってはならないものとされ(同条第三項)、総代は原則として、近隣者あるいは同業者一〇名以内の者の代表たる性格を有しているから、相当規模の協同組合にあっても、前記の基本的性格を維持すべく配慮されているものといえる。そこで、株式会社の場合には、本来構成員相互の関係が稀薄であるし、その業務執行機関構成員である取締役については、定款をもってしても株主であることを要する旨定めることはできないとされ(商法第二五四条第二項)、いわゆる所有と経営の分離が進められているため、団体としての意思が株主総会に先立ってあらかじめ徐々に形成されてゆくことが必ずしも期待しえないから、株主総会における審議、討論を通じて各構成員の意思を確定させ、その上で団体としての意思決定を図るのが適当であるのに対して、協同組合においては、原則として総会における提出議案を決定する権限を有する理事会の構成員である理事について協組法第三五条第四、第五項により、逆に組合員又は組合員たる法人の役員であることが要請されていることもあって、総会での議案につきあらかじめ個々の組合員相互間で話し合いあるいは意思を疎通し合って各組合員としての意思を形成し、確定してゆくことも、通常期待しうるところであり、協同組合制度の本旨にも副うことであるから、この点を考慮して、総会には、組合員本人又は代理人が出頭しないでもあらかじめ示された会議の目的たる事項につき書面を提出することによって議決権を行使できるものとし(同法第一一条第二項)、また商法第二三九条第一項と異なり総会の通常決議については定足数を定めず(協組法第五二条第一項)、さらに総会の招集期間についても、商法第二三二条第一項、第三項より短く一〇日間と定め(協組法第四九条)、その上、総会においては、原則として招集の際に会議の目的たる事項としてあらかじめ通知された事項についてのみ議決することができるにすぎないが、定款で別段の定めをすることを許し(同法第五二条第四項但書)たので、総会において、あらかじめ通知のあった事項以外の事項についても議決することができるとすることも許されているものと解される。以上のような協同組合における意思決定のあり方についての法の趣旨をふまえて、前記のような招集撤回の通知があった場合の総会招集手続の適法性を考えると、その招集撤回の通知が適法な外観を有しているため、これを受領した組合員が適法な招集撤回通知があったものと信じ、その結果組合員としての総会における権利行使に支障を生ずるような場合には、そのまま何らの手当なく総会が開催されるに至れば、その招集手続は瑕疵を帯びるものと解するのが相当であろう。しかし、他方、そのような外観上適法招集撤回通知が組合員に対してなされた場合であっても、これを受領した組合員が右招集撤回が理事会の決議に基づかないものであることを知っていた場合や、右招集撤回通知に近接して右通知が理事会の決議に基づかないものであることを知らされ、その結果総会における組合員としての権利行使に支障を来たさなかったものと認められる場合には、その招集手続には違法の瑕疵は生じないか、あるいはその瑕疵が総会決議を取り消す程度のものとは解されないものというべきである。

本件においてこれを考えるに、前記認定のとおり、先づ本件中止通知書は、一部組合員に対して郵便により送付されたものであるところ、訴外組合におけるそれまでの連絡の方法、とりわけ本件合併に関する諸般の連絡の方法は、おおむね総代を通じて各組合員に対し伝達するというものであったこと、本件中止通知書が郵送されたわずか数日前には、訴外組合理事長赤塚から各組合員に対して、合併手続を推進する旨の書面が配布されていたこと、その他、甲第二六号証及び乙第二四号証の各一、二の存在によって認められる本件中止通知書及びこれに添付された書面の体裁、内容等をも考慮すると、これを受領した組合員は、右撤回に何らかの不審を抱いたであろうと推測されるうえ、前記認定のように、右不適法な招集撤回通知が発せられた後、すみやかに右招集撤回は不適法であり総会を予定通り開催する旨の二通の通知と、さらに全組合員に対する同旨の電報が発せられたのであるから、本件中止通知書によって、これを受領した組合員の総会における権利行使に支障を生じたとまで解することはできない。

従って、本件中止通知書が発せられたことによって本件総会の招集手続に瑕疵を生じたものとはいえないか、あるいはその瑕疵が総会決議を取り消す程度のものとは解されないというべきである。

4. (請求原因3(二)(3)の主張について)

昭和四八年一一月二七日本件総会の招集場所が筑後市大字山ノ井所在筑後市民会館から同所所在の角忠助所有広場に変更され、同広場において本件総会が開催されたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右変更に至る経緯、変更に際してとられた措置、両会場の場所的関係等についてみるに、証人吉田友勝、同緒方貞次、同赤塚正臣、同水町一夫の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、赤塚が、本件総会の開催を阻止するため、かねて招集場所として使用の予約をしてあった当初の会場である前記市民会館の予約を取り消し、さらに第三者がすぐに同日の使用申込みをしていたこと、訴外組合は、本件総会の前日である同月二六日の夕刻始めてこのことを知ったため、急遽右市民会館から五〇メートル程離れた前記角忠助所有広場を借用することにし、翌二七日総会予定時刻に先立ち、右市民会館前に会場を変更した旨の掲示をするとともに、訴外組合職員を配置して、参集してくる組合員を新会場である前記広場まで案内、誘導したこと、右広場は国道二〇九号線沿いに位置し、天幕を張るなどして総会の会場として設営されていたため、とりたてて案内を受けなくても参集した組合員には本件総会の会場であることを容易に看取しうる状況にあったことが認められる。してみれば、右の会場変更については、正当な理由があり、かつ変更について相当な周知方法が講ぜられたものといえるから、これに出席しようとした組合員の総会における権利行使に何ら支障を及ぼさなかったものと解される。従って、右変更に何ら違法の点は認められず、本件総会決議の効力を左右するものでもない。

5. (請求原因3(二)(4)の主張について)

(一)  先づ、本件総会の経過をみるに、本件総会の新会場である角忠助所有広場が国道二〇九号線沿いで、天幕を張りめぐらしていたことは、すでに認定したとおりであるが、この事実に、〈証拠〉を総合すれば、次のとおり認められる。

本件総会の会場は、急遽設営されたものとはいえ、周囲に天幕を張りめぐらし、演壇を作り、組合員席に長椅子を、演壇側にも椅子を並べ、入口付近に机を置き、訴外組合職員数名が受付事務を担当した。赤塚は、本件中止通知書の送付をしたうえ前記市民会館の予約を取り消したので、本件総会は開催することができないものと思っていたが、一部の本件合併反対派組合員から会場を変更して開催されることを知り、急遽前記広場に赴き、他の理事らの止めるのを押し切って演壇に上り、総会開会前に総会を延期すべきである旨を述べた後退場した。本件総会の進行は、午前一〇時五〇分ころ緒方が開会を宣言し、引続き開会の挨拶を行い、議長として下川栄太郎を選出する手続がとられた。議長挨拶ののち議事に入り、第一号議案である本件合併契約書承認の件につき、理事江崎一から本件合併の趣旨説明が行われ、続いていわゆる合併反対派の組合員野間口天凱から、本件合併契約までの経過等につき、出資金の増加及び取扱いに不正があるのではないか、合併延期についての質問、原告の提訴した本件総会の開催停止を求めた仮処分申請等についてなどの質問が、また、組合員山下春雄から会場の変更についての質問があった。これに対して、緒方及び吉田から、合併交渉の経過の説明、問題とされた増資分については訴外組合理事会において善処すること、合併の延期はできないこと、右仮処分申請は同月二四日却下され、その他の訴えは同日原告が取り下げたこと、会場変更がやむをえない事情によったものであることなどについて説明した。そこで、組合員下川順一から質疑打切り、採決を求める発言があり、異議が出なかったので、下川議長から右議案に対する反対者の起立を求めるという方法で採決を諮ったところ、起立者は五名であり、書面決議書によりあらかじめ反対の意思を表明していた者一〇名と合せて反対者一五名と認められたので、絶対多数をもって賛成されたものと認め、同議長が第一号議案は原案どおり可決された旨宣した。その際、前記野間口から採決方法につき賛成者の数を採るべきではないかとの意見が出されたが、下川議長は、採決方法は議長の権限に属し、賛否いずれを採ってもよい旨説明した。続いて第二号議案につき審議が行われ、反対二三名(うち書面決議書による反対者一〇名)を除き絶対多数で賛意が表されたので、同議長が同議案は原案どおり可決された旨宣した。本件総会は、同日午後〇時三〇分、終了した。右の経過を通じて、訴外組合職員が右会場受付において組合員の会場への出入りを確認した結果、開会宣言時の出席組合員数は一〇九六名、第一号議案採決時一一六五名(うち本人出席二九九名、委任状による出席一三六名、書面決議書による出席七三〇名)であった。

(二)  そこで、原告主張の点について按ずるに、証人山口昭の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件総会の会場は国道に面していたため、通行車両等の騒音が会場内にも聴える状況にあったこと、会場に設置された拡声器の状態が必ずしも完壁とはいい難いものであったことが窺われる。右両名の供述中には、本件総会が混乱した状態の下に進められ、出席組合員に審議内容が充分理解できなかった如く述べる部分があるが、先づ、山口昭は、同人の供述によれば、組合員席の前方にいたが、赤塚と親しい間柄にあったため、同人が退場すると間もなく退場したことが認められるので、本件総会開会中の全手続の間、会場にとどまったわけでなかった。原告は、その供述によれば、組合員席のほぼ中央附近にいたことが認められるところ、その供述を精査すると、吉田理事の増資についての説明など自己の関心のある事柄については、明確にその発言の趣旨を聞き取り記憶していることが認められる。証人水町一夫の証言によれば、同人は、組合員席の最後部にいたと認められるところ、議事内容についての供述をみると、質問者の発言の趣旨を個人的感情問題であると判断したなど明瞭な印象を述べ、既に時日を経て具体的記憶はないものの、その場では各発言を聴取し、その趣旨を判断していたことが認められるから、以上を総合すると、組合員席の前方やその中央付近にいてより一層議事内容や各発言を聴取しえたはずの証人山口昭及び原告本人の前記各供述部分は措信し難い。

(三)  さらに、既に認定した事実によれば、本件総会における議案は、事前に説明会、招集通知等により要点が各組合員に周知されていたものというべきであるから、審議内容が議決権者に不明確であったとの原告の主張は理由がないし、審議時間が不当に短かかったともいえない。

6. (請求原因3(二)(5)の主張について)

前記認定の本件総会の経過に徴すると、本件総会会場の出入口には訴外組合職員が配置され、開会時及び採決時の各出席者数が確認されていたのであるから、この事実によれば、原告の主張は理由がないというべきである。

尤も、山口昭は、前記認定のとおり、赤塚の退場後間もなく退場したが、同人が前記採決時の出席組合員数の中に算入されたかどうか必ずしも明らかでない。そして、原告本人尋問の結果によれば、審議中会場を去った組合員があったかのようにも窺われる。しかしながら、仮にそのような組合員があり、受付事務での把握からもれていたことがあったとしても、前記認定の委任状による出席者数及び書面決議書による出席者数と前顕乙第一六号証の七によって認められる訴外組合の定足数及び表決数と対比すると、本件決議の結果に異同を及ぼすものではないことは計数上明らかである。

さらに、本件総会における採決の方法は、審議を尽くした段階に至って、当該議案に対する各組合員の確定的な賛否の態度を捕捉しうる条理上相当な方法であれば足り、具体的な方法が挙手、起立、投票などのうちいかなる方法によるかは、議長の裁量事項であると同様、挙手又は起立による場合にも、賛成の数を算定する方法に限られず、例えば議案に対する修正案の提出等があって単に反対の数を算定しただけではその余が賛成であるとは解し難いような特段の事情のない限り、反対の数を算定する方法によることもまた議長の裁量事項であると解すべきである。これを本件についてみるに、右特段の事情と認められる点は何ら主張立証がなく、原告の主張は理由がない。

四、以上によれば、原告が本件合併の無効原因として主張する点はいずれも理由がなく、従って、本訴請求は理由がない。よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田郁郎 裁判官 川本隆 松本光一郎)

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